non-hackerの日記

IT以外の趣味的な話を書くブログ

耳垢栓塞になったので耳鼻科に行った

耳垢栓塞とは?

kotobank.jp

耳垢栓塞とはどのような症状? 原因や治療法と共に紹介します。

発端

  • 耳掃除のため、綿棒で耳をポリポリやっていると突然左耳が聞こえにくくなった(それが起こって以降は鼓膜に何か張り付いた感じで、音がほとんど聞こえなくなった)

原因

表題の通り耳垢栓塞だった。現象としては、

  • 耳垢が奥の方に溜まって、鼓膜に張り付くような状態になっていた
  • 綿棒で突いたのが最後の一突きになり、完全に鼓膜が耳垢で覆われてしまった

解決

耳鼻科に行った

  • 左耳だけだと思ったらどちらの耳もほぼ耳垢で鼓膜が覆われて聞こえにくくなっていた(実はそれで難聴だった可能性もある)
  • 耳垢を剥がしてもらうのだがこれが痛い…、取れたものを見せてもらったが、赤黒くとても耳垢っぽくなかった
  • 綿棒で耳掃除は二度とするなと忠告された

「歴史のゴミ箱行き」という表現はいつからあったのか?

イラク首相、モスルでの勝利を正式に宣言

先日、イラク国軍がISISを国内から殲滅したようで、イラクの首相がその勝利宣言を行っていました

www.bbc.com

日本では、呼称が一定せず イスラム国 → ISIS → ダーイシュ のような流れで報道が推移してましたが。いずれシリアにいるISISの残存勢力も米軍やロシア軍によって同様に殲滅される運びになるでしょう。

イラク戦争終結

イラク戦争 - Wikipedia

ちょっと思い出してほしいのですが、イラクがここまで政情不安定になったのは元はと言えばブッシュがイラクに喧嘩を売ったから。初戦でフセインをボコったのはいいが、ベトナム戦争よろしく占領政策がうまくいかず、結局ちゃんとイラクが国として再興したのは2011年12月のイラクでの大規模戦闘終結宣言以降でしょう。2003年5月から始まった戦争が2011年12月でようやく終わる…9年ぐらい戦ってたということです。しかも、2011年以降もISISのような輩がイラクを荒らし回ったので、米軍も何もしてないわけがなくいつまでもズルズルと戦争をしていたことになります。なんか日中戦争時の日本っぽい。

このイラク情勢は、ブッシュが去った後もオバマが中東情勢の尻拭いを行い、その結果としてアメリカファーストのトランプが出てきた遠因にもなっています。トランプはどっちかって言うとモンロー主義*1的な感じを思い描いているのではないかなと思います。もうイラク戦争のような出費、というより自国の軍の出血をしたくないという感じでしょう。

まあ、なにはともあれ、この戦争でイラクとイランが協力してISISを共通の敵として認識し戦ったのはよかったのかもしれません。イラクが1つの独立国として平和に育っていくことを願ってやみません。少なくとも、アメリカは孤立主義にシフトしつつあるし、シェールガスが発明されたことでこれ以上中東に関わる理由もないのでした。

「歴史のゴミ箱行き」という表現

ようやく本題

この、「歴史のゴミ箱行き」って表現いつからあるんでしょうね?Twitterでも「この表現欧米でも多いよね」というツイが散見されました。

“dustbin of history

それで、「歴史のゴミ箱」とかを英語に直して検索してたらいろいろソースを見つけました。 Ash heap of history - Wikipedia

“ash heap of history” (or “dustbin of history”) という表現は人物、出来事、物、イデオロギーなどがその価値を歴史的に失ったことを比喩的に指すものです。

使用例:トロツキーの演説

レフ・トロツキー - Wikipedia から引用

この表現の有名な使用例はロシア革命時にレフ・トロツキーがメンシェビキを指して言った:「お前たちは哀れで、孤立した個人の集団だ!おまえたちは破産した。おまえたちの役割は終わった。おまえたちはこれから歴史のごみ箱行きだ」*2という言葉で、1917年10月25日のペトログラードでの第二回ソビエト大会でメンシェビキに対する返答としてこの言葉が残っている。これにより、ボリシェビキロシア共産党を支配することになる。

使用例:ロナルド・レーガンの演説

1982年6月8日の英国下院議会でのスピーチにて、当時の米国大統領ロナルド・レーガンはこう言った「自由と民主主義によりマルクス主義レーニン主義は歴史のゴミ箱に打ち捨てられるでしょう」

この演説はYouTubeで見れます。

www.youtube.com

レーガントロツキーの演説内容を知っていたのでしょうか?だとしたら大した皮肉です(トロツキーは途中で暗殺されてるけど…)。

使用例:ジョッシュ・アーニスト報道官

www.washingtonexaminer.com

トランプ大統領の行ってきた政策について、その質が歴史のゴミ箱並だとこき下ろしています。(ジョッシュさんはオバマ大統領のときからホワイトハウスの報道官なのです)

感想

ぼくも歴史のゴミ箱使いたい

「阿Q正伝」で阿Qがやっていたのは「精神勝利法」?それとも「精神的勝利法」?

阿Q正伝魯迅

阿Q正伝魯迅の小説で、概ね20世紀の末期の清を舞台にした風刺的な小説である。

阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫)

阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫)

ただ、ここで記事にしたいのはもっと枝葉末節のことである。

よく言及される「精神勝利法」と「精神的勝利法」、どちらが原典と照らし合わせて正しいのか?

暇なので阿Q正伝を紹介しながら探っていく。

阿Qという人物像

阿Qは村の中でも特定の職につけていない。いわゆる季節労働者である。

阿Qは家が無い。未荘の土穀祠おいなりさまの中に住んでいて一定の職業もないが、人に頼まれると日傭取ひようとりになって、麦をひけと言われれば麦をひき、米を搗つけと言われれば米を搗き、船を漕げと言われれば船を漕ぐ。仕事が余る時には、臨時に主人の家に寝泊りして、済んでしまえばすぐに出て行ゆく。だから人は忙せわしない時には阿Qを想い出すが、それも仕事のことであって「行状」のことでは決して無い。いったん暇になれば阿Qも糸瓜へちまもないのだから、彼の行状のことなどなおさら言い出す者がない。

日々の生活では、同じ労働者同士でつまらない喧嘩をしたり、

「誰のこったか、おらあ知らねえ」阿Qは立ち上って、両手を腰の間に支えた。 「この野郎、骨が痒くなったな」王鬍も立ち上がって著物を著た。 相手が逃げ出すかと思ったら、掴み掛かかって来たので、阿Qは拳骨を固めて一突き呉くれた。その拳骨がまだ向うの身体からだに届かぬうちに、腕を抑えられ、阿Qはよろよろと腰を浮かした。扭(ねじ)つけられた辮子は墻まがきの方へと引張られて行って、いつもの通りそこで鉢合せが始まるのだ。 「君子は口を動かして手を動かさず」と阿Qは首を歪めながら言った。 王鬍は君子でないと見え、遠慮会釈もなく彼の頭を五つほど壁にぶっつけて力任せに突放つっぱなすと、阿Qはふらふらと六尺余り遠ざかった。そこで鬍は大おおいに満足して立去った。

唯一馬鹿にできる相手である尼僧(中国では時代が下るほど仏教徒の地位が低い)を馬鹿にしたりして生活している。

「きょうはなぜこんなに運が悪いかと思ったら、さてこそてめえを見たからだ」と彼は独りでそう極めて、わざと彼女にきこえるように大唾を吐いた。 「ペッ、プッ」  若い尼は皆目かいもく眼も呉れず頭をさげてひたすら歩いた。すれちがいに阿Qは突然手を伸ばして彼女の剃り立ての頭を撫でた。 「から坊主! 早く帰れ。和尚が待っているぞ」 「お前は何だって手出しをするの」  尼は顔じゅう真赤にして早足で歩き出した。

今見ると、これ完全にゴロツキですね…

阿Qの「精神勝利法」

さあ、そんな阿Qにも弱点がある。それは頭頂部のハゲで、ハゲに関連することを言われると怒る。ちなみにこれは明の朱元璋の逸話からのオマージュ*1である。

だいたい阿Qはハゲとおちょくられる結果、喧嘩になり殴られて阿Qが負けて終わるのだ。そのとき初めて阿Qの「精神勝利法」について言及される。

 ところがこの怒目主義を採用してから、未荘のひま人はいよいよ附け上がって彼をなぶり物にした。ちょっと彼の顔を見ると彼等はわざとおッたまげて 「おや、明るくなって来たよ」  阿Qはいつもの通り目を怒らして睨むと、彼等は一向平気で 「と思ったら、空気ランプがここにある」  アハハハハハと皆は一緒になって笑った。阿Qは仕方なしに他の復讎の話をして 「てめえ達は、やっぱり相手にならねえ」  この時こそ、彼の頭の上には一種高尚なる光栄ある禿があるのだ。ふだんのまだら禿とは違う。だが前にも言ったとおり阿Qは見識がある。彼はすぐに規則違犯を感づいて、もうその先きは言わない。  閑人達はまだやめないで彼をあしらっていると、遂にに打ち合いになる。阿Qは形式上負かされて黄いろい辮子を引張られ、壁に対して四つ五つ鉢合せを頂戴し、閑人はようやく胸をすかして勝ちほこって立去る。  阿Qはしばらく佇んでいたが、心の中うちで思った。「乃公*2はつまり子供に打たれたんだ。今の世の中は全く成っていない……」そこで彼も満足し勝ちほこって立去る。 阿Qは最初この事を心の中うちで思っていたが、遂にはいつも口へ出して言った。だから阿Qとふざける者は、彼に精神上の勝利があることをほとんど皆知ってしまった。

青空文庫で検索をかけてみても、どうやらこの1行しか言及がない。。。つまり、表記は「精神勝利法」と「精神的勝利法」、どちらでもよさそうですね。

阿Qとルサンチマン

で、自分の意見としてはこの「精神的勝利法」がルサンチマンの概念と似てるんじゃないかと思ってたのです。

ただ、「ルサンチマン」という言葉はどうしてもキリスト教的な文脈で語られがちなのでそのへんが違うかも。というわけで、宗教的背景を持たない便利ワードとしての「精神的勝利法」いかがでしょうか?

*1:Wikipedia - 朱元璋

*2:「吾輩」ぐらいの意味の一人称